聖地巡礼 峠茶屋

衰微した日本の霊性を再生賦活させる内田樹先生・釈徹宗先生による「聖地巡礼ツアー」に参加している巡礼部および関係者によるブログ。ロケハンや取材時の感想などを随時お伝えしていきます。

ロケハン、どうでしょう?(4)

第4回目 熊野巡礼
~2人なのに、ヒッチハイク!?~

〇熊野と中上健次
 第4回目の巡礼の舞台・熊野には、僕はじつは何回か訪れたことがあります。
 じつは管理人は社会人になって、中上健次の小説世界に魅了され、狂ったように読み漁りました。当然ながら、その小説の舞台となった熊野への憧れは増し、毎年夏に行なわれる「熊野大学」に参加させていただいたこともあるくらい。
 結婚して自由な時間が激減してからは、なかなか行く機会に恵まれませんでしたが、初めての一泊の取材旅行先が熊野になったことに、少し運命じみたものを感じながら、相棒が運転するレンタカーに揺られていました。
 深い森と太陽の力の強さとともに、人智を超えた力の存在を感じられる場所、それが、私が持っている熊野のイメージです。そして、その中心にあるのはいつも、圧倒的な吸引力をもつ、旧熊野本宮大社跡の「大斎原」。それはまさに、両先生や巡礼部のみなさんに訪れていただきたい場所でした。
 これまでとは違い、土地勘があるからラクだろう――そうは考えましたが、一方で、熊野という土地は、そう甘くありません。事前にいくつかの課題もありました。

〇熊野、恐るべし
 その最大の課題は、熊野古道を歩くとき、どこまでをどのように歩くか、ということ。
はできるだ。
 なので、初日に参拝予定の現在の本宮大社までの道を、どこから歩き出せばいちばんその本質を味わってもらうことができるか、時間を計測しながら判断したかったのです。
 そのため、相棒に熊野大社からかなり上にある発心門王子で降ろしてもらい、私はとにかく本宮大社まで歩く。一方で相棒は本宮大社や大斎原を見学しながら、その見学の時間を計ってもらっていました。そして、最終的には本宮大社まで降りて合流、宿泊先の湯の峰温泉へ向かう、というスケジュールです。
 しかし、最初のトラブルは、スタートから始まりました。
 まず、「発心門」と書かれたバス停で降ろしてもらったはいいものの、周辺には「発心門王子」がまったく見当たらず。人影もなく、やっと見つけた農家の人に聞いたら、ここからまた20分ほど上がった場所だそう。
 そこからさらに道に迷いながらうろついたあげく、たどり着いた発心門王子の前にもバス停はありました。そこの名称は「発心門王子前」。
 まぎらわしい名前をつけないで、まじで。

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    ということで、30分以上ロスした私の前には、新しい敵が現れることになります。
 その敵とは、「日没」。
 歩き始めたときにはすでに、だいぶ日が傾いています。しかも、ご丁寧にも道の途中で「今日の日没の目安」まで書かれている。落ち着いて歩きたい古道を急ぎ足で汗をかきながら、小走りで走ります。そのあいだにも、日はどんどんかげってきます。
 そこに、さらなるハプニングが続きます。
 目安となる次の「伏拝王子」近くの道で時間を計ろうとスマホの電源を入れると、電池は20%以上あったはずなのに、いきなりシャットダウン! いくらボタンを押しても、動かなくなりました。
 これはかなり、まずいことになりました。
 まず、相棒への連絡手段がなくなりました。かなりの山中ですので、公衆電話はまずありません。そして、何より、相棒への携帯電話の番号もわからなくなりました。遅れようが道に迷おうが、何があってもとにかく、本宮大社まで行かなくてはなりません。 
 しかし、実はそもそも無理がありました。というのは、発心門王子から歩行時間は2時間、所要時間3.5時間とホームページには書かれています。そして、歩き始めたのは4時半。日没は5時過ぎ……。
 それでも歩き続けなければなりません。でも、どんどん日は暮れていきます。
 過去の西国三十三か所巡礼の経験から、夜が暗くなるとどれくらい危ないか、身に染みて感じていました。だからとにかく、急ぎます。
 ただ、やはり限界はありました。日没とされる10分前くらい、ちょうど三軒茶屋あたりを通り過ぎようとしたとき、中年の女性に声をかけられました。
 「もうやめときなさい、どこまで行くの?」
 「本宮大社までなんですけど……」
 「もうやめなさい、地元の人じゃない限り、日が暮れるとほんとうに危ないから」
 「そうですか……」
 そこにはちょうど熊野川沿いの国道へ出る道にもつながっているようだったので、さすがにあきらめてとにかくクルマ通りが多い(はず)の国道へ出ることにしました。
 いまから考えると、そこで声をかけていただけたことが、いかにラッキーだったか、を思い知りました。それ以降はほとんど、国道へ降りる道はありませんでしたから……。
 なんとか国道まで降りると、疲労困憊。いつもながらホテルではよく眠れず、クルマのなかにいる以外は歩きっぱなし。でも、そこからとぼとぼ歩き続けるしかありません。半分足を引きずるような状態でした。

〇熊野の神(おじさん)が舞い降りる
 しかし、熊野の神様は見捨てていませんでした。
 とぼとぼ歩いている僕の横に、初老の男性が運転する軽トラックが一台止まります。
 「おい、どこまで行くんだい?」
 「本宮大社までなんですけど」
 「おい、まだだいぶ距離あるぞ。乗りなさい」
  聞くと、近くで飲食店を営んでいて、新宮へ帰る途中とのこと。
 本宮大社に着いて降りるときには、とにかくありがたく、感謝の気持ちを表したくて、柄にもなく「ほんとうにありがとうございます」と両手で握手しようとしたら、「おいおい、いいよ」といった感じで手を引かれてしまいました。
   なんと熊野の人はチャーミング(笑)。
   それにしても、二人でロケハンしているのに、半分ヒッチハイクのような状態に。
 本宮大社で待っていた相棒に聞くと、やはり何度も電話して、国道も何度も往復していたようです。
 それにしても衝撃だったのが、本宮大社前で、ダメ元でスマホの電源をつけると、すんなりつく! しかも電源も20%ほどある!
 いったい何だったんだ!?
 やはり、熊野は「ふつう」ではありません。まるでほんとうに、熊野の山々は、それ自体生き物のように感じました。
 翌日はふたたび断念した三軒茶屋から歩き直したり、宿のこととか、いろいろあったのですが、2日目の夜、現地のナビゲーターの方にいろいろアドバイスもいただき、充実の行程を組むことができました。
 後日の本番でも、両先生も巡礼部の方にもお褒めの言葉をいただき、とりあえず苦労した甲斐はあったなあと、つくづく思ったのでした。

   それにしても、熊野では「何か」が起こります。

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 旧本宮大社があった場所、大斎原。