聖地巡礼 峠茶屋

衰微した日本の霊性を再生賦活させる内田樹先生・釈徹宗先生による「聖地巡礼ツアー」に参加している巡礼部および関係者によるブログ。ロケハンや取材時の感想などを随時お伝えしていきます。

No.20 神様ワンダーランド

 さて、「私だけの聖地」もいよいよ大台のNo.20になりました(パチパチ)。記念すべき回のご投稿は、田中さんの「神様ワンダーランド」です。まさに、「THE 神道」といったタイトルです(笑)。ユーモラスな文章でお気に入りの伏見稲荷をご紹介いただいておりますので、ぜひぜひご高覧ください!

神様ワンダーランド(田中俊典)

 私の「私だけの聖地」は伏見稲荷です。「いやいや、私だけっていうけど、伏見稲荷はいまや世界に知られた観光名所でしょう。」と突っ込まれることは、百も承知ですが、あえてここは伏見稲荷を推したい。多くの人にとっては、観光客にあふれかえる伏見稲荷は、もはや聖地というより俗世間に近いというのも解るのですけど。
 なぜかというと、そこに行くたびに、もう何十回となく出かけていますが、毎回何か新しいことを思いつくのです。インスピレーションというか、ユーレカというか、とにかくそのようなものが降りてくる……っていうほどたいしたものではないのですけど、行く前には想像すらできなかったコトを考えていたりします。おそらくあの場所には不思議なことがいっぱいあって、楽しくて、ワクワクする気持ちを取り戻せるためではないかと思うのです。という訳で「聖地」というものが、「人に対して身体的精神的に何らかの良い影響を及ぼす土地」というふうに勝手解釈を許してもらえるならば、伏見稲荷は私にとってまぎれもなく聖地なのです。
 伏見稲荷といっても私が聖地と言うのは、裏に広がる稲荷山です。伏見稲荷大社の裏手、観光客で混み合う千本鳥居を抜けると、奥社奉拝所があるのですが、鳥居のトンネルはそこからさらに奥へ、稲荷山へと続きます。うねうねと隙間なく並ぶ鳥居は、まるで山の血管のようです。

「……稲荷山全体は実は一つの生命体で、千年以上もの間、鳥居血管の中を進む人間の情念を栄養として息づいているのだ。僕の中にあるドロドロとした感情や欲望もすべてこの山の養分なのだ。すべからく地面で繋がっているという全国に広がる稲荷社の、ここはその中枢。ほら、地面がドクドクと脈打ちはじめた……」

 日頃の運動不足が祟って酸欠状態になるとこんな妄想も浮かんできます。
 ところで、元来は結界を示すモノである鳥居を信者に奉納させてお金を儲けるということを、最初に考えた人は偉いですね。お金は入ってくるし、その鳥居が観光資源になるのですから。さすが商売の神様。
 それはさておきもう少しがんばって行くと「新池」という池にでます。ほとりには無数の小さな社が立ち並んでいて、一種独特の雰囲気が漂います。私はここにある不動尊が好きで、かならずお参りしてから先に進むことにしています。こんな風に寄り道をしながら、登って行くとようやく稲荷山めぐりの起点「四つ辻」につきます。この時点でかなり体力は消耗していますが、あくまでここは「起点」にすぎません。ここから山頂にある上社を通って、峰の裏側の谷をぐるっとまわって、もう一度四つ辻にまで帰ってくるのがルートになります。こうやって山を巡る道には、**社、**明神といった神様がたくさん居られます。定番の縁結び、商売繁盛、学問の神様から、目の神様、腰の神様、といったスペシャリスト、中には道教の神様までおられます。人間の欲望の実に多いこと! 不謹慎かもしれませんが、まさにお願い事のテーマパークですね。実際はすべてにお参りするなんてとてもできませんので、自分の贔屓の神様にだけご挨拶をするのですが、登ったり降りたり、文字通り息を切らしながら巡っているうちに、心の中のもやもやは晴れていき、自然と笑みが溢れるようになるのです(主に膝が)。
 以上が基本的な聖地の味わい方なのですが、もっと他にいろんな楽しみ方があります。
 その一つは鳥居で遊ぶ、です。鳥居には「平成*年一月吉日建之」のように、作られた年月が記載されているのですが、もし自分の生年月に建てられた鳥居を見つけることができたら幸運が訪れる、という言い伝えはご存知でしょうか。多分知らないと思います。というのも私が勝手に考えた話ですから。自分でもなかなかよくできた話だと思うのですが、木製の鳥居は数十年しか持たないので昭和建立のモノはもうほとんどない、というのが残念なところなんですけどね。それにひきかえ、石でできた鳥居はとても長持ちします。中には明治時代(知る限り明治39年というのがありました)のもあって、写真1はその一つ、明治45年のもの。「奇術総長 正天一」なんて書いてあります。調べてみると明治時代の有名な奇術一座らしい。こんなことを見ながら歩くのも本当に楽しいです。

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写真1:明治時代に建てられた石の鳥居


 また、山に住む動物に注目するというのも面白いです。
 例えば猫。意外なことに稲荷山には野良猫が多いのです。しばしば人通りの多いメインのルートから少し外れた脇道にゴロゴロしているのですが、時々鳥居の陰からこちらを睨んでいたり、手水舎の水を飲んでいたりします。そんな猫を探しながら歩くのです。
 それにしてもこんなに野良猫がいて狐は怒らないのでしょうか。かねてからその点について疑問を抱いていたのですが、先日その謎が解決しました。写真2をごらんください。「狐目の猫」です。他に「猫背の狐」も発見しました。つまり猫と狐はここ稲荷山では混血していたのです!(笑)

f:id:seichi_jyunrei:20140628163133j:plain写真2:狐目の猫


 猫以外にもいろいろな動物がいます。夜に訪れたとき(夜の訪問も可能です。けっこうお勧めですがちょっと怖いです。)にはムササビ?が飛ぶのを目撃しましたし、梅雨時にはカエルの鳴き声が谷に響き渡ります。生き物ではありませんが、龍、蛇、馬といった多くの石像達も山を彩っています。
 こうやってキョロキョロウロウロしながら麓まで降りてきたときには、足はガチガチに強張り、頭の中はふにゃふにゃになっています。おそらく山に栄養分を吸い取られてしまったのでしょう。実にさっぱりした気分です。数え切れない人々の情念とそれを受け止める無数の神々。それにおびただしい数の神使とそこに住み着く動物達。まさにここは「神様ワンダーランド」 私にとってはかけがえのない聖地なのです。

Profile:田中俊典
1958年生。生まれも育ちも堺市ですが、京都の街を散策し面白いこと、不思議なことを見聞きすることが大好き。京都はあくまで観光客としてがいい。その方が「面白いこと」を発見できるから。先日、少女が遠足でのことを話していた。「お弁当広げたらなぁ、カラスさんがきはってなぁ、くわえて行きはってん。」この感じが好きです。
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「自分の生年月日を見つけられたら幸運になる」は、管理人もだまされました。く、くやしい……(笑)。でも、いわゆるそんな言い伝えも、管理人のように「だまされた」人間が知らずに広げていく、ってこともあるかもしれません。みなさんもいつもと違った視点で「聖地」を訪ねてみてはいかがでしょう。では、次回で「私だけの聖地」もいよいよ最終回。副部長の「なぜかサルディーニャ」(完結編)です!(管)